魔神月に咆える


データ

脚本は石堂淑朗。
監督は筧正典。

ストーリー

「今までどうして気がつかなかったんだろう」。
何事かを相談する隊員たち。
そこへ現れる伊吹。
伊吹は隊員たちの様子を怪訝がる。
「隊長の休暇のことを話していたんです」と郷。
「そんなものは怪獣にくれてやった」と伊吹。
しかし隊員たちに説得された伊吹は 「実は女房に何度も言われていたところさ。もう何年も里帰りしてないと」と白状する。
伊吹の妻の実家は信州で、そこにある蓮根湖の氷の割れる音を神渡りといって皆信仰しているという。
「隊長。行ってらっしゃいませ」と隊員たち。
素直に申し出を受ける伊吹。
車で妻の実家の信州へと向かう。
しかしそれを見送る怪しい男がいた。
妻の実家でくつろぐ伊吹一家。
娘婿がMATの隊長で鼻が高いと祖父。
「美奈子も大きくなったらMATの人のお嫁さんになるんかね」と祖母。
「そんなの嫌いよ」と美奈子。
「MATの隊員のお嫁さんにならないということはMATの隊員になるということを妨げはしないわ」。
「私はウーマン・リブ派なの」と美奈子。
美奈子たちは伊吹1人を残して湖に神渡りを見に行く。
その頃MAT基地では全員パトロールに出動していた。
一人家で休息する伊吹。
そこへ先ほどの怪しい男が近づいてくる。
「ようし、今だ。隊長を倒すとMATはガタガタだ」と正体を現す星人。
しかし星人が家へ忍び寄ると、伊吹はMATに連絡を取り様子を尋ねる。
「酔っ払っても連絡だけは取ってやがる。嫌味な隊長だ」。
引き上げる星人。
星人は今度は伊吹の妻と娘に目をつける。
星人は蓮根神社へ向かうとそこの御神体である銅像を奪って巨大化させた。
部屋で休む伊吹の耳にも氷の割れる音が届く。
しかしその音に続いて巨大な魔神が現れた。
神渡りが観光化したから神さまがお怒りになったと村人。
避難する伊吹母娘。
そこへ男が現れ、こちらの道が安全だと別の方角へ案内する。
神社に2人を案内した星人は正体を現す。
「星人だわ」と美奈子。
妻と娘を捜す伊吹。
一方怪獣は湖の中に消えていった。
MATへ連絡を取る伊吹。
その時MATに星人の映像が届く。
伊吹の妻と娘を誘拐したと星人。
星人はMATは即座解散し、海底本部を破壊するよう要求する。
村へ到着した隊員たち。
そこへ村人が「MATが来たから怪獣が出た」と抗議に来る。
「あなた方の希望に添えるように善処します」と隊長。
「あの人たちの言うとおりだ。この村やMATを救うためには…。仕方あるまい」と伊吹。
一方神社では美奈子と母が話をしていた。
「あなたは怖がらないでずっと母さんに付いてくるのよ」と母。
「母さんと一緒なら怖くないわ。でもどこへ」と美奈子。
「ずうっとずうっと遠いお国です」と母。
「泣いても無駄だ。星人は涙というものには無縁なんでな」と星人。
再び現れる怪獣。
星人の要求を受け入れず攻撃を決断する伊吹。
それを見た星人は「2人の命はこっちのもんだ」と言う。
郷は村人から蓮根神社の御神体に怪獣がそっくりだと聞かされる。
蓮根神社へ向かう郷。
その頃神社では星人が2人を始末しようとしていた。
ウルトラマンに変身する郷。
それを見た星人は巨大化し怪獣と一緒にウルトラマンを攻撃する。
ウルトラマンは星人を倒せば怪獣も倒れると知っていた。
しかし怪獣に阻まれ星人を攻撃できないウルトラマン。
湖の氷の割れ目に足を取られるウルトラマン。
MATもウルトラマンを援護すべく地上から攻撃する。
ブレスレットで星人を真っ二つにするウルトラマン。
すると怪獣も一緒に爆発し、元の御神体に戻っていった。
妻と娘を助け出す伊吹。
そこへ郷が御神体を持って現れる。
御神体にお祈りする隊員たち。

解説(建前)

コダイゴンは何故巨大化したか。
コダイゴンはグロテス星人が破壊されると一緒に自爆し元の御神体へと戻った。
したがって星人と何らかの形でリンクしていることになる。
以上を前提に巨大化の仕組みを検討する。
まず考えられるのは念動力などの超能力。
ウルトラマンに見られるように超能力が存在する世界では、星人に御神体を巨大化させる能力があっても不思議ではない。
同様に、怪獣を超能力で操ることも不可能ではないであろう。

次に考えられるのは特殊な薬品を使って巨大化させる方法。
ただしこの方法だと星人の死とともに怪獣が元に戻ったことの説明が難しい。
よって、この場合であっても星人の何らかの特殊能力による補完は不可欠だと考えられる。
第3の説としては星人が周りに浮遊する霊魂や精霊を呼び寄せて怪獣に化体させたということが考えられる。
これは一種の超獣と言うことが出来、神渡りが観光化したことに対する怒りがコダイゴンに乗り移ったとも解される。
もちろんこの場合も星人の悪意が主導的役割を果たしていることに違いはない。
いずれにせよ、上記要素が重畳的に融合して巨大化したのではないかと考えられる。

星人が伊吹の里帰りを待ち伏せしてたのは何故か。
星人は「灯台下暗し」など地球の文化にかなり精通している。
そしてMATに対してもかなり警戒心を抱いていた。
以上より推測すると、地球を侵略しようとやって来たはいいが、MATやウルトラマンの存在により今まで手出しが出来なかった。
そこで基地内の電波を傍受するなり何なりで情報を収集しながらチャンスを窺い、隊長が単独で行動するや先回りし、行く先を確認していたのではないかと考えられる。

感想(本音)

久々に見てみると地味な話。
しかしもう一度見返すと味があるように、案外深い話でもある。
まず隊長に休暇を与えようという設定が珍しい。
今まで隊長の私生活など描写されたことがなかったので考えたことはなかったが、なるほど、確かに休暇は取り難い職業である。
以後のシリーズでも隊員たちの休暇の様子が描かれたことはあるが、隊長の休暇が描かれたことはない(昭和シリーズで)。
その激務振りが窺えよう。
まあ結局怪獣が現れて休暇にならないのはお約束だが。

伊吹は怪獣を倒すために妻や娘を犠牲にする非情な選択を決断した。
MATの隊長という身分からは当然だが、これが一般市民だと判断はさらに難しいだろう。
ビルガモ作戦といい、宇宙人は人質を取る卑劣な作戦を好む傾向があるようだ。
ナックルのように殺してしまうというのもあるのだが…。
全般的に宇宙人シリーズは怪獣ものというより、刑事ものなどの一般ドラマに近い気がする。

今回もまた石堂氏によるグロテス星人の人間臭い言動が目立つ。
「星人に涙は無縁なんでな」「灯台下暗し」「嫌味な隊長だ」などは、後の「卑怯もラッキョもあるものか」に繋がるセリフであろう。
これらのイメージは石堂氏曰く、宇宙人は三下やくざにしか思えないとのことなので、致し方あるまい。
確かに困ったものなのだが、たまにはこういう星人がいるのも面白いので可としよう。
今回惜しむらくはグロテス星人の侵略目的が明かされなかったことか。

今回一番注目したいのは伊吹隊長の娘の美奈子の再登場である。
前回登場したのがあの超名作「悪魔と天使の間に…」。
前作の終わり方から再登場は難しいと思われたキャラなのだが、今回はキャラをかなり変えての再登場となった。
まず注目すべきは美奈子の将来の夢がMATの隊員になることである点。
敬虔なクリスチャンで聾唖の少年と友達になるために手話まで学んだという前作の設定からはかなり勇ましい夢である。

もちろん元からそういう夢を持っていたと解釈することも可能なのだが、これはやはり前回の事件がきっかけになっていると考えた方が素直であろう。
すなわち、輝男の正体が宇宙人であると知った美奈子は一時的にショックを受けたが、立ち直り、宇宙人に憎しみを抱くようになった。
世の中奇麗事ばかりでは通用しないというのを身をもって知ったのだろう。
ちょっと極端な気もするが、子どもは元来単純なので両極端に走りがちなものである。
まあ、元々持ってた人のために役に立ちたいという志向がMATに向かったと解釈すればよいだろう。
また教会に通っていた件については、美奈子の両親が特にクリスチャンであるとも思われないので、友達に進められたとか、知り合いに進められた程度のものではなかろうか。

美奈子の母が美奈子に死を覚悟させるシーンはかなり重い。
武士の妻たるものといった感じで、かなり時代掛かったシーンである。
ただその直後にその雰囲気は打ち砕かれる。
例の「星人は涙というものに無縁なんでな」というセリフである。
ここは軽いシーンを意図したのか、重いシーンを意図したのかイマイチ不明。
本エピソード全体にも同様に重いのか軽いのかよくわからないところがあり、その辺りやや惜しまれる。
ただ最終クールの方針として、話が重くなるのを避ける意図もあったのであろう。

今回もまた石堂氏お得意の身勝手な庶民というものが描かれている。
実際怪獣が現れたのは隊長の責任なので弁護の余地もない気がするが、それにしてもいつも怪獣退治に命を賭けてくれているMATに対する態度としては厳しい。
当時のウルトラシリーズにはこのような社会や人間に対する冷めた描写が多々見られる。
結局このシリーズからそれらを感じ取れるか否かが、生涯のファンになるか否かの分水嶺であろう。

今回はMAT及び郷の見せ場は少ない。
物語は完全に伊吹一家を中心に進められており、その他は脇においやられた格好だ。
伊吹の妻の実家は古い民家といった感じで、非常に和を感じさせるものである。
2期ウルトラはこのように当時の日本を舞台に設定しているおかげで、何ともノスタルジックな味わいがある。
これは近未来SFを志向したウルトラセブンではあまり味わえない感慨であろう。
昭和40年代後半生まれの私には何とも言えない趣のある映像である。

今回の特殊技術も真野田氏。
グロテス星人が爆破前から二つに裂けてたりとNGなカットもあるが、その映像はなかなか斬新であった。
また星人のマシンガン攻撃も今では見られないチープさが味わい深い。
基本的にMATは怪獣に対して銃やミサイルで攻撃する。
火薬の使用量も今より多く、その手作り感は返ってリアルでもある。
消防法の関係もあるのかもしれないが、今の映像に足りないのはこういう血湧き肉躍る感ではないか。

今回のエピソードも石堂氏。
ここに来ての3連投は異例である。
この時期、市川氏、上原氏がローテーションから外れ、石堂氏、田口氏を中心に脚本が描かれている。
そのためかかなり今までとはムードが違う。
その雰囲気はむしろエース以降のシリーズに近い。

本話に登場の怪獣コダイゴンは元は神社の御神体である鎧武者の銅像である。
このように無生物に命を吹き込むパターンは石堂氏お得意のアニミズム的世界観によっている。
確かに初代マンにおいてもギャンゴやブルトンなど無生物系の怪獣は存在した。
しかし石堂氏の特徴は銅像や獅子舞という人間が作り出したものに、命が宿るという点にある。
ギャンゴやブルトンは元々隕石であり人間界とは異界の存在であった。
一方鎧武者や獅子舞は人間界に属するはずの存在であり、神という異世界の存在を媒介するものでもある。
その人間の味方であるはずの存在の裏切り。
コダイゴンに対する何とも言えない不気味さは案外その辺りに由来しているのかもしれない。


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