悪魔と天使の間に…


データ

脚本は市川森一。
監督は真船禎。

ストーリー

ある日伊吹の娘美奈子が聾の少年輝男とMATの見学に来た。
美奈子はその少年と教会で知り合ったという。
「あの子の頼みは皆、人のことなので無下に断れないんだ」と伊吹。
2人を案内する郷。
その時どこからか郷に語りかける声が。
「郷秀樹、いやウルトラマン」。
少年は自らをゼラン星人と名乗り、自分の使命がウルトラマン抹殺であることをテレパシーで郷に伝えてきた。
そして自分が連れてきた囮怪獣プルーマを倒した時がウルトラマンの最期だと告げる。
少年に掴みかかる郷。
しかし少年は
「私が宇宙人だと言っても気違いだと思われるだけだ」と郷を嘲笑う。
警備員に取り押さえられる郷。
地下に隔離された郷は隊長にわけを聞かれる。
「お嬢さんが連れて来られた少年は人間の姿を借りた宇宙人です。奴の目的はウルトラマンを抹殺することです」。
「彼が自分の口で言ったのか?あの少年は口が利けないんだぞ」。
「テレパシーで話したんです」。
「ウルトラマンのことをどうして君だけに」。
「テレパシーのことなら私も知っている。宇宙人が人間そっくりの姿で紛れこむこともな。しかしあの少年は違う。はっきり言って君の妄想だ」。
「初めから信じてもらえないと思いました。しかしこれだけは聞き入れてください。お嬢さんをあの少年に近づけていることは危険です」。
「美奈子は心の優しい娘なんだ。親として娘の善意を踏みにじることはできない」。
「お嬢さんが危険な現実に曝されてるとしたら」。
「何事にも汚されない美しい友情。それが子どもたちの現実だよ」。
伊吹に理解してもらえない郷。
「一人で戦うしかない」と決心する。
その時K地区の小学校の下から怪獣が出現。
アローで怪獣を攻撃するMAT。
しかし郷は少年の言ったことが気になり、ウルトラマンに変身することを躊躇する。
そのときアドバルーンに捕まった輝男が怪獣に捕まってしまった。
少年が邪魔で攻撃できないMAT。
怪獣は少年を離し地下に逃げる。
少年の病室に見舞いに来る郷。
「どうした郷。ウルトラマンになることが怖くなったのか」。
「明日はこの病院の鼻先に出してやるぞ」。
「病人を助けたいならウルトラマンになることだな」。
「ウルトラマンになる前に貴様を殺してやる」と郷。
看護婦らに取り押さえられる郷。
伊吹は郷に基地で待機するよう命令する。
「子どもの首なんか絞めてどうするつもりか」と伊吹。
「子どもではありません。あいつは宇宙人です」。
「宇宙人であることを強引に白状させようとしたわけか」。
「白状させるつもりなんかありません。殺すつもりでした」。
郷を精神鑑定にかける伊吹。
「郷の神経は正常です」と南。
その時郷が伊吹に進言に来る。
「僕を信じてください、お嬢さんは利用されているんです」。
「私はあの子を何かの偏見で人をだましたり疑ったり差別したりするような娘には育てたくないんだ」と反論する伊吹。
「明日あの病院の近くに怪獣が出てくるはずです。あの少年がテレパシーでそう宣言しました。予言どおりに怪獣が現れたら信じてくれますか?」
「私はあの少年より君のほうがむしろ宇宙人じゃないかという気になっているよ」と伊吹。
「あの宇宙人はウルトラマンを抹殺するのが目的です。 ウルトラマンがピンチに陥ったらあの少年を捕まえてください」。
病室でランドセル型の発信機を使い、怪獣を操る輝男。
そのとき入ってきた看護婦にそれを見つけられるが、目から怪光線を出し看護婦を消滅させる。
そして予言どおり病院の近くに出現する怪獣。
病院では美奈子がいなくなった輝男を探していた。
「俺はお前を信じるぜ」と上野。
「やはりウルトラマンに変身するしか防ぎようがないのか。 こうなったら一か八かだ」。
ウルトラマンに変身する郷。
格闘の末スペシウム光線を浴びせるが、プルーマには通用しなかった。
ウルトラブレスレットでプルーマの首を切断するウルトラマン。
しかしブレスレットは自分の手に戻らない。
「しまったブレスレットがコントロールされている」とウルトラマン。
ブレスレットの猛攻に曝されるウルトラマン。
絶体絶命のピンチに陥ってしまう。
「ウルトラマンがピンチに陥ったらあの少年を捕まえてください」。
郷の言葉を思い出す伊吹。
伊吹は病院の中に入り輝男を探す。
中では美奈子も輝男を探していた。
先に美奈子を避難させ、一人輝男を探す伊吹。
すると霊安室の中から怪しい電子音が聞こえてきた。
祭壇の後ろで何かの機械を操る輝男。
伊吹は輝男の目から出る怪光線を避け、輝男を銃で撃った。
首から血を流し苦悶の表情を浮かべながら近づく輝男。
そして倒れたその姿は醜悪なゼラン星人の姿に変わっていた。
ブレスレットを腕に戻し飛び去るウルトラマン。
教会に美奈子を迎えに行く郷と伊吹。
「僕ならあの少年は遠い外国に行ったといいますね。お嬢さんの心を傷つけないためにも」と郷。
「君がそう言ってくれるのはありがたいが、やはり事実を話すつもりだ。人間の子は人間さ。天使を夢見させてはいかんよ」と伊吹。
父の下へ走ってくる美奈子。
その顔には曇りない笑顔を広がっていた。

解説(建前)

ウルトラブレスレットの攻撃パターンが何故いつもと違ったのか。
これはおそらくその操り方によるのだろう。
すなわち普段はウルトラマンが超能力を使ってコントロールしているが、磁気によりコントロールすることでいつもと違う動きをした。
ただいつもよりは殺傷能力が落ちているのは確かだろう。
というのは、ウルトラスパークやウルトラクロスなどといった変形は、ウルトラマンの元々備える超能力によって可能となっていたと考えられるからである。
ただスパークとして投げるまでは敵のコントロールを受けないようなので、投げつけるまではウルトラマンの超能力が必要と解される。

ゼラン星人は何故郷にわざわざ予告しに来たのか?
普通に考えれば少年の姿を借りる必然性も、郷にそのことを教える必然性もない。
まず考えられるのは、郷の近くでコントロールマシンを操るため。
すなわち少年の姿でいれば宇宙人であることがばれる心配はないが、逆に怪獣からは隔離させられるので、怪獣とブレスレットをコントロールすることができない。
ゼラン星人が病院に入院することまで計算にいれていたかは定かではないが、郷に近づくことで郷を攻撃しやすくなったのは事実であろう。

次に考えられるのは郷の精神的な動揺を誘うため。
ブレスレットがウルトラマンの精神力によりコントロールされていると仮定すると、磁気コントロールするにもウルトラマンの動揺を誘う必要がある。
そのために郷を孤立させ、ウルトラマンとの連携を乱したのだろう。
結果冷静な対処ができなくなり、ウルトラマンは大苦戦に陥った。

しかしこれらはいずれも根拠が弱い。
やはりこれはゼラン星人の意地悪と解釈するのが一番妥当であろう。
すなわちゼラン星人は悪魔属性が強く、ただ地球を征服するだけでは満足できなかった。
偽善に満ちた人間の善意というものを踏みにじってこそ侵略が意味あるものと考えたのだろう。
もちろん地球制服という本来の目的にとってはそれはマイナスである。
しかしこのゼラン星人にとってそんなものはそれほど興味はなかったのであろう。
ある意味、このゼラン星人の個性がそうさせたのだと考えられる。

感想(本音)

文学である。
そして映像芸術でもある。
個人的には全ウルトラシリーズ、いや特撮物でベストの作品。
キリスト教的世界観を見事ウルトラマンに融合させた、市川森一のまさに真骨頂と言える作品である。
と同時に、真船禎の鋭い映像感覚はもはや子供向けを完全に超えてしまっている。

まずオープニングから凄い。
エレベーターが開き、少年と少女のアップから物語が始まる。
そして一旦緊迫した基地の中にカメラは移り、ドアが開かれることにより、日常と非日常がそこで初めて対峙する。
もちろん我々にとっての日常はMAT基地内部。
仲睦まじい少年少女の姿こそ非日常であり、何かが起こる前兆なのである。

そしてまもなくその予感は的中する。
少年の魚眼レンズによるアップ。
いきなりウルトラマンの最期を予言するそのシーンは戦慄以外の何物でもない。
子供の頃はその顔のアップに笑ったりもしたが、今見るとやはり不気味さの方が強く感じられる。
とにかく、ここまでの展開の速さにあっという間にストーリーに取り込まれてしまう。

ここまでで既に息つく暇もないのだが、ここからはさらに凄い。
郷が少年を捕まえて殴るのである。
しかも相手は今でいう身障者の聾の少年。
今こんなシーン作ったら大問題になるんじゃないか?
さらに下から見上げ気味のカットが郷の狂気を強調する。
そして無機質な病院の廊下のような基地の内部。

上記のシーンだけでもう鳥肌物である。
しかしこのエピソードは全く無駄なシーンがないといっていいほど、映像に力が入っている。
やはりいい脚本はいい演出を引き出すのだろうか。
続いてのシーンは地下かどこかわからない所での郷と伊吹の会話。
ここでは2人の会話の内容が重要である。
伊吹は郷のいう宇宙人やテレパシーの話を一応は信じる。
しかしあの少年は違うというのである。
それは何故か。

それは娘の優しさを否定したくないという親心。
そして伊吹自身の身障者に対するある意味逆偏見みたいなものであろう。
美奈子が自分の娘であること、少年が聾であることは客観的であるべき隊長の判断をも誤らしてしまう。
もちろん郷のテレパシーだけでは証拠にならないが、そこで自分の善意を疑う姿勢こそ隊長のあるべき姿であろう。

この後郷は隊長に許され戦列に復帰する。
そして怪獣が出現するのだが、ここの展開だけはこのストーリーの中で唯一問題がある。
それは輝男がアドバルーンに捕まるのが子どもの力では無理ではないかということ。
郷の前で悪魔のように笑うということに主眼があったのかもしれないが、もう少し映像的に納得できるものにして欲しかった。
例えば上手いこと腰掛けるところがあるとか。
その辺りは適当に脳内補完して済ますしかないだろう。

次のシーンは輝男の病室での郷との対決。
喋れない輝男が助けを呼ぶのに、花瓶を割るところなどはよく考えられている。
また美奈子や伊吹が郷をすぐに止めに入ったのも、郷が輝男の病室に向かったと聞いたからであろう。
しかしこのシーンでの目玉はやはり件の郷のセリフ。
「殺すつもりでした」。
天井を低く撮ることにより異常さも演出されておりインパクト大である。

そして次のシーンは郷の悲壮な決意が現れたMAT基地でのやり取り。
郷はウルトラマンがピンチに陥ったら、あの少年を捕まえて欲しいと伊吹に懇願する。
しかしそれを認めることができない伊吹。
ここまで来ると、お互いが意地になっているようにすら見える。
まあ郷は真実を知っているのだから意地を張っているのは伊吹なのだが、客観的な証拠がない以上それを認められないのは仕方ないか。
一方郷は明日怪獣が病院の近くに出ることを予言して、自分を認めてもらおうとする。

このシーンでは基地を上から撮る俯瞰ショットが印象的である。
そして、新マン優勢のテーマをスローにしたBGMも場面に合っていて秀逸。
また、郷の異常な行動により動揺するMAT隊員たちの姿もよく捉えられている。
しかしここで最も重要なのは「私はあの子を何かの偏見で人をだましたり疑ったり差別したりするような娘には育てたくないんだ」という隊長のセリフであろう。
少年を否定することは娘の善意を否定することにもなる。
少年が聾であることにより、隊長も自らの呪縛を解くことができないのである。

遂に怪獣は病院の近くに出現する。
これにより郷を信じる上野。
上野は第三者として客観的に判断できる立場だ。
この上野のセリフは隊長こそ偏見に捕らわれていることを容赦なく告発する。
しかしプルーマはMATの力では倒すことができない。
郷は一か八かウルトラマンに変身することを決意する。

怪獣を倒した時が最期という前代未聞の展開。
予言通り怪獣を倒すウルトラマンだが、自らの武器ウルトラブレスレットに命を狙われることになる。
このシーンは子供の頃とても驚いた。
まさか自分の武器に襲われるなんて考えもしなかったので。
そしてまたこの武器が強力。
結果的には助かったとはいえ、ウルトラマンとしては完全敗北だっただけに、その衝撃たるやただ事ではなかった。
まあ、数話後にさらに衝撃を受けたのだけど。

長々と各シーンを振り返ってきたが、個人的にベストに推すのが次のシーン。
それは郷のセリフ「ウルトラマンがピンチに陥ったら〜」をリフレインさせながらアップになる伊吹隊長。
これまで聾の少年とそれに対する娘の隣人愛を信じてきた隊長が決断を迫られる様は、その緊迫したBGMとともにこの話の白眉といえる。
遂に隊長自身、自らの偏見、偽善に向き合わざるをえなくなったのである。

かくして輝男を撃ち殺す伊吹。
霊安室という暗喩的な空間で繰り広げられるこの陰惨なシーン。
目から怪光線を出す輝男に郷の言葉を信じるしかなかった隊長。
カメラは直ぐに絶命せず、喉を押さえて苦悶の表情を浮かべる輝男を容赦なく映し出す。
子ども向けというか、大人向けでもいいのかという大胆な演出である。
聾の少年という設定といい、今ではこのような話は不可能であろう。

ピンチを脱したウルトラマン。
カメラは次の瞬間、教会の鐘を大写しに捉える。
「人間の子は人間さ。天使を夢見させてはいかんよ」。
結局人間には善悪両面が備わっている。
悪を見ず、善だけを見て生きていくのはそれこそ偽善なのである。
相手が聾の少年だからといって、彼が常にいい人だとは限らない。
それは逆の意味で偏見でもある。
悪魔は身の回りのどこにでも忍び込んでくる。
そして常に悪魔と天使の間で葛藤しているのが人間なのである。

ラストシーンはスローで駆け寄る美奈子のアップ。
しかし少女には輝男の正体という厳しい現実が待ち構えていた。
まだそれを知らない無垢な笑顔。
悪魔を知るということが人間として成長するということ、つまり大人の階段を昇っていくということなのだろうか。
このラストシーンには痛いほどの美しさが漲っている。
まさに傑作の棹尾を飾るに相応しいラストである。

その他の感想。
今回の話で伊吹は郷の正体を薄々悟ったのではないか。
父と子のような関係だった加藤とは違い、郷と伊吹というのはある種対等な同士的な関係を匂わせる。
それも伊吹が郷の正体を知っていて彼を認めているとしたら、辻褄も合おう。
今回は市川脚本ということもあり、久々に隊長がかっこよく描かれている。
この話は加藤ではなく、伊吹だからこそ説得力が増す。
加藤だと郷とはここまで深刻に対立はできなかった。
やはり厳格な伊吹隊長ならではといえるだろう。
そしてこの話をきっかけに二人の信頼が深まったというのは上述の通りである。
今回は坂田家は登場せず。
ホームドラマが嫌いな市川氏らしいというか。
まあ、アキちゃんのスケジュールの都合も大きいだろうが。

以上、長々と主観全開な文章を綴ってきたが、最後のまとめをしたい。
本話は市川氏の「帰ってきたウルトラマン」ラストワーク。
それだけに自らのキリスト教的世界観がもろに出たと思われる。
初代ウルトラマンにも「まぼろしの雪山」などのように人間の善意悪意に切り込んだ作品はあった。
しかし基本的には怪獣と人間の関わりが中心で、このように人間の善意悪意を直接描いてはいなかった。
そういった点、この話はまさに人間ウルトラマンの到達点といえる作品である。
2期(前期)は市川、上原両氏を中心にとにかくドラマがしっかりしている。
その代表ともいえるこの作品は、昭和のウルトラを知らない人には特に見ていただきたい次第である。


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