データ 脚本は石堂淑朗。 監督は菊池昭康。 ストーリー 宇宙から謎の宇宙船が飛来。 TACはその宇宙船をレーダーで捉えるが、TC地点で消息を絶つ。 「燃え尽きた」と北斗。 しかしTC地点には何の異常もない。 宇宙船はTC地点の黒雲の中に姿を隠していたのだ。 そして、宇宙船から水瓶を持った巫女姿の少女が派遣される。 翌朝、村人は空に怪しい黒雲を発見。 さらに巫女姿の少女を目撃する。 少女は崖の上に立ち、宇宙船と交信する。 「ここの環境は我がみずがめ座第三星とほとんど同じです。空気中に酸素は多く、植物の種類も多いようです。植民地にする場合の奴隷にする人間もたくさんいます」。 「ご苦労、アクエリウス。さらに調査を続けて、占領準備も十分にしておくように。こちらはエネルギー補給作戦にかかる」。 すると黒雲からくらげ状の超獣が出現。 触手で飛行機を捕まえるとエネルギーを吸収し、飛行機を墜落させた。 それを見て慌てる村人。 通報を受けたTACは調査に来るが、ファルコンもくらげに捕まり、エネルギーを吸い取られる。 脱出する北斗、今野、吉村。 北斗らを助けに行こうとする村人たちの前に巫女の少女が立ちはだかった。 「お前達。あの3人を縛ってここに連れて来るのです」。 「超獣と戦ってくれたTACをなぜ捕まえるんだ」。 「あれは超獣ではありません。神です。私は神の使いです」。 信じない村人たちに対して手から光線を出す少女。 「あの黒い雲の中に神がいるのです」。 少女がそう言うと辺りが暗くなる。 それを見た村人たちは恐れおののき、巫女の言うとおりTACの3人を捕まえに行った。 捕まり磔になる北斗ら。 「神よ。憐れな者どもをお救いください。大地に太陽の光をお戻しください」と少女。 「騙されるな。雲の中に神はいない」。 「人間を殺す神なんかいやしない」。 「あれは宇宙生物だ」と3人。 「TACの隊員が悔い改めなければ、大地に太陽の光は戻らず、3人は火に包まれ神の下に送られるであろう」と少女。 そして歌を歌い出す。 「苦しさと、悲しさを、捧げよや。いつの日か神の御手に抱き取られるために」。 「見よや、黒き太陽、赤き月。大いなる怒りの日は近づけり」。 村人達は少女についていく。 暗闇に紛れて山中が磔になった3人を助けに来た。 少女は祈りを捧げるため村人らを残し1人崖の上に上る。 後をつける、北斗、山中。 「この地上の愚かな生物は我々を神と崇め始めました。こうなればこの星は我々の植民地となったも同じです」。 それを聞いた北斗、山中は少女を追いつめる。 宙を舞い、逃げる少女。 しかし追う北斗らに村人が襲い掛かる。 「あの女は神の使いなんかじゃない。宇宙生物なんだぞ」と言う山中。 それに対し村人は「黙って聞いてりゃ、勿体ないこと言いやがる。アクエリウス様が宇宙生物だと。ぶっ殺せ」と取り合わない。 その時空にスペースが。 ジェット噴流で黒い雲を追い払う。 空が明るくなり、宇宙船が出現。 村人も正気に戻る。 宇宙船とくらげはファルコンを挟み撃ちするが、くらげは吉村の放ったレーザー銃で撃ち落される。 さらに宇宙船もスペースに撃墜される。 それを見て涙を流す少女。 宇宙船から少女に最後の指示が飛んだ。 「後の植民地開拓団のために戦え、アクエリウス」。 ジャンプして巨大化するアクエリウス。 崖から落下した北斗はエースに変身する。 エースはアクエリウスの爪を使った攻撃や、肩からの煙に苦戦するが、全身のエネルギーを集中したキックで最後は勝利。 墓を作ってアクエリウスを弔い、帰って行った。 正気を取り戻した村人達は北斗らに謝罪し、基地に戻る隊員たちを見送る。 山道をパンサーが走っていく。 解説(建前) アクエリウスは何者か。 これは「ウルトラ38番目の弟」のshoryuさんも指摘するように、みずがめ座第3星人の人を超獣に改造したものだろう。 他の星人は宇宙船の中で何も抵抗できなかった。 とすると、超獣に変身できるのは彼女だけと考えるのが素直である。 また、みずがめ座第3星と地球は環境がほとんど同じだという。 とすると、そこで育った人間が地球人とそっくりというのもありうる話だろう。 少女は志願して超獣に改造されたとも考えられる。 またユニバーラゲスもみずがめ座第3星の人の作った超獣であろう。 みずがめ座第3星の人は地球を植民地にするためにやって来た。 これは何を意味するのか。 これは地球を侵略しようとする他の星人とは違い、切実なものを感じる。 みずがめ座第3星は何らかの原因で人が住めなくなる、もしくは人口が増えすぎて他の植民地が必要となったのではないか。 宇宙船は墜落する間際、「後の植民地開拓団のため」と言っている。 単に侵略するだけならそんなことは言わないのではないか。 これは植民地探しが星にとって切実であることを窺わせて興味深い。 もちろんそれは許されることではないのだが。 村人達は何故あんなに簡単に洗脳されたか。 これはおそらくあの少女に催眠能力があるからだと思われる。 少女の能力により、村人は洗脳された。 TACの3人は常人より優れた精神力を持ってるため、洗脳されなかったものと考えられる。 村人達があの歌の歌詞を何故か知っていたのも、少女が村人の脳に直接働きかけていたからと考えられる。 感想(本音) 画面が暗くて不評の本話であるが、個人的には好きな話。 一見単純な侵略ものだが、よく見ると色々なことを考えさせられる。 新興宗教という現代的なテーマも盛り込まれており、もう少し見直すべきエピソードではないか。 この際画面の暗さは無視して、皆さんにも是非もう一度見直してみて欲しい。 そこにまた、新たな魅力を発見することが出来るであろう。 それでは具体的に見て行くことにする。 まず、真っ暗なシーンであるが、これは撮影ミスか、冒険演出か。 難しい所だが、冒険演出としておく。 個人的にはそれほど気にならなかったが、山中が3人を助けに来るシーンや少女を追いかけるシーンはさすがにわかりづらかった。 この辺りもう少し、見やすくするべきだったと思う。 今回の脚本は石堂氏。 石堂氏得意の愚かな農民が描かれている。 そして、これもまた石堂氏が好きな巫女姿の少女。 宇宙船が侵略に来るのも石堂氏に多いパターンか。 少女が超獣に変身するのはドラキュラス辺りと類似している。 しかし今回の特徴は、いわゆるカルト宗教を取上げている点。 昔から怪しい宗教は一杯あったが、オウム事件を経た今こそ話に説得力がある。 トリックだろうが何だろうが、超自然的力に人間は弱いもの。 その辺り鋭く捉えている石堂氏の慧眼には頭が下がる。 まあ、庶民を馬鹿にしてるというのもあるのだろうが。 今回、山中隊員が大活躍。 3人を救出し、少女を追う山中は目茶苦茶かっこいい。 序盤は悪役になることが多かった山中だが、後半はすっかりいい人になっている。 TACは他のキャラが弱いだけに、山中のかっこよさが際立って見える。 TACはMATに比べると、キャラが弱いところがあるが、竜隊長に美川隊員。 後半になって漸く吉村、今野もキャラ立って来ており、全体的に漸くキャラが見えるようになった。 北斗も溶け込んでおり、梶がいないのは残念だが漸く一体となった感がある。 エース対超獣。 特に奇抜な演出はなかったが、田渕氏らしく最後超獣を弔っている。 氏は相変わらず超獣の供養が好きだ。 しかし今回はこのシーンが意味を持った。 と言うのも少女自身、ある意味被害者といえるからである。 少女はおそらく志願して超獣に改造されたと考えられる。 それは星のため、誰かが超獣にならざるを得なかった。 純粋な少女は自らの星のため、もしくは信仰のため超獣になったものと考えられる。 つまり、農民を洗脳していた彼女自身も星により洗脳されていた。 カルトに侵されていたのは実は彼女自身だったのである。 少女が流したあの涙が全てを物語る。 少女は自分たちの使命に殉じた宇宙船の人々に涙した。 そしてそれは自らの使命をまっとうできなかった自らに対する涙でもある。 この植民計画が上手く行かないと、祖国の人、そして自分の家族の運命も危うい。 身勝手な話だが、植民は国家的プロジェクトであった。 そして少女はそれに命を賭けていた。 だから自ら志願して超獣に改造されたのである。 それが失敗したと悟った時の少女の絶望は筆舌に尽くしがたいものがあったであろう。 このように国家の犠牲になった少女という視点で物語を見ると、このエピソードの持つ悲しさがよく伝わってくる。 この辺り、石堂氏が意図したかは謎である。 単に悪い宇宙人が侵略に来ただけのエピソードかもしれない。 しかし、あの少女の涙。 あのワンシーンで物語が深い意味を持つようになった。 ドラマにおける演出効果の大事さを改めて感じさせる。 「ベロクロンの復讐」の後だけに、その突飛さ、馬鹿馬鹿しさだけが取上げられがちな本話。 しかしよく見ると、少女の悲しい物語として読み解くことも可能である。 我々は間違った信仰でかつて戦争に突入した。 個人に優先する国や宗教の愚かさを製作者はエピソードに込めて伝えたかったのではないか。 石堂氏がどのように意図したかは謎だが、何とも割り切れない所が残るエピソードである。 そして、本話を魅力あるものにした少女の熱演も忘れてはならないであろう。 |